人の優しさ、その真実
現代社会の人間関係に於いて欠落した最大な物は「優しさ」その物だろうと考えます。昔なら、先生が土手で酔っ払ってねていたら、「先生風邪を引くから早く帰りなよ」と優しく先生を起こして、「どうしようもない先生だね。」とお尻を叩いて帰しましたが、今は、教育委員会に通報されて、処分されかねない事態に発展してしまいます。この落差の中に現代の教育問題、家庭教育問題が潜んでいると思います。社会構造の問題以前に家庭教育のあり方を問わなければなりません。社会の、他人のせいにしてしまう、責任を自分以外に転換してしまう、自分だけよければと言う風潮が家庭の中に根付いしまったのではないでしょうか。自分の家庭を大切にし、自分の家族に幸せをもたらす、誰もが望んでいる事ですが、干渉されたくないばかりに、自分の家族を守らんばかりに、排他的になってしまい、挙句の果てが、他人を干渉してしまう現象が起きています。確かに人の生き方は自由だと思います。但し、物事を捉えるとき、その物は球であって、表面しか見えません。中はもとより、裏側まで見抜くことはなかなか出来ません。もし、見抜力があったとしたら、その力は「優しさ」です。皆が心を広げて、他人を思いやる優しさを取り戻したいものです。「優しさ」は、「真の優しさ」をもとめられます、何事にも、悪しきことに対して立ち向かう、勇気と信念と行動力です。親として人として念じて止みません。最後にある朝のお話をさせてください。七十歳ぐらいのご婦人とお互いに犬を連れてすれ違ったときです。「ロン」がご婦人をじっと見つめていると、ご婦人は「この子は私の心を見通していますね」、「私、悪いことはしていませんから」と「ロン」に話かけていました。この相棒には、人の心を問いただす魔力があるなと、恐れを感じ取った朝でした。